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福岡高等裁判所 昭和52年(ラ)35号 決定

抗告人

向井長民

薄井直

右抗告人ら代理人

松田哲昌

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一抗告人らの本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

二よつて判断するに、

1  抗告理由(二)の点について

本件記録によると、本件更生会社が第一生命保険相互会社との間に、被保険者向井長就、死亡保険受取人日本軽食品株式会社(本件更生会社)、死亡保険金額一億五〇〇〇万円とする生命保険契約(保険証書番号七四一組〇〇〇二二九―一号)を締結していたこと、被保険者向井長就が、昭和五一年六月一七日死亡し、その頃、右保険会社より、その受取人である更生会社に対し右保険金が支払われたこと、及び昭和五一年六月二六日に開催された更生会社の臨時株株主総会において、亡代表取締役向井長就の慰霊慰労金を含む死亡退職金として同人の遺族である抗告人向井長民に対し一億円を支給する旨の決議がなされていること、並びに本件認可された更生計画によると、前記生命保険会社から支払われた保険金がその更生計画遂行の源資の一部になつていることが推認される。

しかし、更生手続開始前に発生した死亡取締役の遺族の更生会社に対する死亡退職金請求債権は、一般従業員の退職金や賃金債権と同様に、一般の更生債権というべきであり、また、仮りに抗告人向井主張のように同人が同会社に預託していた金員であるとしても、それが金銭であつて、物として特定性に欠けると認められることからして、抗告人向井主張の預託金返還債権は、所詮預け金の返還を求める一般の更生債権と評価せざるを得ない。

そして、本件記録によると、抗告人向井が予備的に届出た更生債権(退職慰労金一億円)につき、その更生債権調査期日において、管財人から異議の申立があつたので、同抗告人において、右金員一億円の支払を求める請求を福岡地方裁判所に提起し、目下同訴訟が福岡地方裁判所に係属中であることが認められるが、それらの事情を考慮しても、本件更生会社の資産及び負債の総額並びに本件更生計画に定める各条項からするとき、その遂行が十分可能なものと認めることができる。よつて、抗告理由(二)の主張は理由がない。

2  抗告理由三の点について、

本件更生計画によると、株主の権利の変更、資本の減少、新株の発行に関する条項として、次のように定めていることが認められる。

(一)  株主の権利の変更(資本の減少)

(1) 減少すべき資本の額一億円

(2) 資本減少の方法および効力

本更生計画認可決定前の額面一株五〇〇円、株式二〇万株全部を本更生計画認可の日から一〇〇日の経過と共に無償消却することとし、その時に資本減少の効力を生ずる。

(二)  新株の発行

(1) 更生会社は払込による新株(記名式普通株式)を次のとおり発行する。

(イ) 一株の額面五〇〇円、

同発行価額五〇〇円

(ロ) 発行する株式数二〇万株

(2) 新株の割当方法

第三者による特別引受の方法により、裁判所の許可を得て管財人が定める。

(3) 増加すべき資本額一億円

(4) 支払期日

(イ) 更生計画認可の日から三カ月を経過した日

第一回の額五〇〇〇万円

(ロ) 第一回の払込より一か年後

第二回の額三〇〇〇万円

(ハ) 第二回の払込より一か年後

第三回の額二〇〇〇万円

以上によるとき、本件更生計画においては、同計画認可決定前の株主の権利は、抗告人主張のように一〇〇パーセント無償で消却されることになることが明らかである。

しかして、本件記録によると、本件更生会社は、本件会社更生手続開始時における本件会社の総資産から総負担を差引くとき、二億三一一八万円余りの債務超過の状態にあることが認められ、右は破産法所定の破産原因がある場合に該当するものであることが明らかである。

そうすると、会社更生手続が破産手続とは異るとはいえ、右のように破産状態にある会社の株式は、その価値が殆んど零に等しいものと解されるし、会社更生法第二二八条は、更生担保権者を第一順位とし、株主を最下位として、その間に権利の段階的優先順位を定め、その間に公正、衡平な差等を設けなければならないとしているところ、本件更生計画においては、株主より先順位にある一般更生債権において六五パーセント、劣後的更生債権においては一〇〇パーセントの債権を放棄することになつていること等、本件更生計画における他の債権者の権利の変更条項関係とも比較考慮するとき、前記のように無価値に等しい株主の権利を一〇〇パーセント無償で消却することとしたことも止むを得ないところであつて、それをもつて、前法条の要求する公正、衡平に反するものとすることはできない。

したがつて、本件更生計画が公正、衡平を欠き不当であるとの抗告人らの主張は理由がない。

三その他、本件記録を精査するも、本件更生計画には、会社更生法第二三三条の要件を具備しないものと認むべき瑕疵はない。

四そうすると、本件更生計画を認可した原決定は相当であつて、抗告人らの抗告はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(亀川清 原政俊 松尾俊一)

【抗告の趣旨】 原決定を取消す。

との裁判を求める。

【抗告の理由】 一、被告人向井長民は、議決権を有しない予備的更生債権者であり、抗告人薄井直は議決権を有しない株主兼更生債権者である。

二、ところで本更生計画によると、弁済資金の調達方法として現在の手持資金によるとか、今後予想される営業収益金とか、とされているが、この手持資金とか或いは右営業収益金を得るに至る運転資金の中には被告を更生会社日本軽食品株式会社管財人竹内昇、同千田謙蔵、原告を抗告人向井長民とする福岡地方裁判所昭和五二年(ク)第十七号預託金返還等請求事件において、抗告人向井が特定された預託物として返還を求めている金員一億円が含まれており、抗告人向井が勝訴の場合には、抗告人に返還されるべきものである。しかも、右金員は更生会社日本軽食品株式会社から申立人向井が債権譲渡を受け、この債権により第一生命保険相互会社から、交付を受けた金員で、よつて右交付金として特定されたものを右、更生会社顧問弁護士、立石六男に預託し、そのまゝ右管財人らに引継がれたものであるから、右弁済資金としては明らかに使用しえないものである。よつて、これを弁済資金とする更生計画は違法なもので更生法第二三三条第一号を具備するものではない。

また、右更生計画によると、右金員は、更生債権として届けられたものとして、計画がなされ右訴訟に管財人側が敗訴しても破産債権額の六五パーセントの免除を受けるものとしているが、右更生債権としての届出は予備的になされたもので本来は、特定された預託物の返還を請求しているものである。このことからすると管財人側敗訴の場合右金員は全額失なうことも考えられ、かかる点からすると右第二三三条第二号に言う遂行可能な計画とは言えずよつて、同号要件を具備するものではない。

三、本更生計画によると、株主の権利の変更として従来の資本額を零とするものであるが更生会社に破産原因があつて、株主が議決権を有しない場合でもそれを理由に従来の権利全部を奪うのは許されないものであり、右第二三三条第二項の要件を具備するものとは言えない。

四、以上により、本件更生計画の認可の決定は右要件を具備しない違法なもので申立の趣旨記載の裁判を求めるためこの申立をします。

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